キックボード市場への「安心」라는回答
「ストリーモ(Striemo)」は、本田技研工業(Honda)の新事業創出プログラム「IGNITION」から誕生したベンチャー企業(カーブアウト第2号)が開発する、全く新しい枠組みの電動三輪マイクロモビリティである。
代表の森庸太朗は、長年Hondaにてバイクから乗用車まであらゆる乗り物の開発に携わってきた。彼らが着目したのは、電動キックボードなどの「新しい移動手段」が急速に普及する一方で、その不安定さによる転倒リスクや交通マナーが深刻な社会問題化しているという現状であった。
森は「どんな人でも、靴を履いて出かけるように、自分のペースで安心して移動できる自由」こそが未来のインフラになると確信。「スピードで駆け抜ける」モビリティに背を向け、「人がゆっくり歩くスピードで、絶対に倒れない」という究極の安定性を追求するハードウェアの開発に挑んだ。
0.1mmの緻密な重心設計技術
「Striemo」の最大の特徴であり競争優位性は、その圧倒的な「転倒のしにくさ(自立安定性)」にある。
一般的な電動キックボードは二輪であり、低速域(歩行に近いゆったりとした速度)で走行する際や、停止時にバランスを崩しやすい。一方のStriemoは三輪構造を採用するとともに、Hondaというモビリティ・ジャイアントで培われた**「重心バランスを0.1ミリ単位で精密に計算する車体設計技術」と「独自のバランスアシスト機構」**を搭載している。
これにより、乗員はバランスを取るための余計な神経を使わずとも、極微低速(歩行スピード)から自転車程度の巡航スピードまで、段差や傾斜のある道でもピタリと安定した姿勢で立ち乗りのまま直進・旋回することができる。この技術力は「モビリティ開発のプロフェッショナル集団」だからこそ到達できた技術の結晶である。
法改正の波とBtoB市場への拡張(ブルーオーシャン)
ストリーモは立ち上げ当初から事業化のスピード感が極めて高い。2022年の抽選販売では即完売し、2023年7月の日本国内の法改正(特定小型原動機付自転車の特例)にも瞬時に対応したモデルを投入した。独立したスタートアップ組織だからこそのアジリティ(俊敏さ)である。
また、ストリーモの顧客層は「スピードを求める若者」に限らない。その安定性の高さから、「足腰に不安のあるシニアの日常の足」としての巨大なポテンシャルを持つ。 さらに、「広大な工場や倉庫内での安全な移動」や「空港・リゾート施設内での巡回・観光モビリティ」といったBtoB(企業向け)市場の開拓も進行中である。
「倒れない安心感」というたった一つのバリュープロポジションが、従来のキックボード市場とは別の巨大なブルーオーシャンを切り拓いている。
この事例から学べること
ストリーモの事例は、大企業発のカーブアウトが生み出す「技術的な模倣困難性」の強さを示している。
第一に、「安全」への技術的フォーカスが新たな市場を生む点である。 新しいテクノロジー(マイクロモビリティ)が登場した際、多くのスタートアップは「より速く・より安く」というレッドオーシャンに陥る。ストリーモは逆に「ゆっくり・倒れない」という安全性に全振りした。これは、二輪・四輪を知り尽くしたHonda出身のエンジニアだからこそ実現できた強固な差別化戦略である。
第二に、法規制・ルールづくりと歩調を合わせた事業展開である。 モビリティの普及において最大の障壁は法律(道交法等)である。ストリーモは独立したスタートアップでありながら、法執行機関や業界団体と協調し、新しいルール(特定小型原付)の制定に合わせた形でプロダクトを市場に投入した。社会受容性を高める丁寧なアプローチである。
第三に、BtoC用途からBtoB空間へのピボット(応用)可能性である。 公道(BtoC)での法規制リスクをヘッジしつつ、クローズドな空間(大規模工場、空港、ゴルフ場など)というBtoB市場に「安全な業務インフラ」として導入を進めている。個人向け市場と法人向け市場の両面待ち(ポートフォリオ)戦略は、ハードウェアの死の谷を超えるための有効な事業計画である。


