ウォンツ(Wants) とは、顧客がゲイン(便益)を認識することで生じる「欲しい」「使いたい」という欲求のことである。切実な必要性であるニーズとは異なり、「あったらいいな」「あると嬉しい」という願望的な感情を指す。
新規事業の構想段階でニーズとウォンツを区別することは、収益計画やマーケティング戦略の精度を大きく左右する。以下では、ウォンツの定義とニーズとの違い、ウォンツベースの事業を成功させるためのアプローチについて解説する。
ニーズとウォンツを区別しない事業構想の危うさ
新規事業の構想段階で、顧客の「ニーズ」と「ウォンツ」を区別せずに議論しているチームが非常に多い。「顧客がこれを欲しがっている」という発言が、 切実な必要性(ニーズ) を指しているのか、 「あったらいいな」という欲求(ウォンツ) を指しているのかで、事業の初期戦略は根本的に変わる。
ニーズに応える事業は初期の収益化がしやすく、ウォンツに応える事業は市場規模が大きくなりうるが初期の顧客獲得に苦労する。この違いを理解しないまま、ウォンツベースの事業にニーズベースの収益計画を当てはめて「計画未達」と判断してしまうことが、有望な新規事業の早期撤退につながっている。
利用意向75%でもアクティブ率15%の落差
あるヘルスケア領域の新規事業チームが企業向け健康管理アプリを開発した。従業員アンケートで「使いたい」と回答した人は 75% に達し、チームは大きなウォンツがあると確信してサービスをリリースした。ところが、実際の 月間アクティブ率は15%に低迷 したままであった。
従業員にとって健康管理は「あったらいいな」というウォンツであり、日々の業務が忙しい中では優先順位が低かったのである。一方、同じ市場で「ストレスチェック義務化への対応」というニーズに焦点を当てた競合サービスは、法的義務という切実さから導入率が急上昇した。
ウォンツとニーズでは、 顧客の行動を動かす力が全く異なる 。
ウォンツを事業に活かす3つのアプローチ
ウォンツを正しく理解し事業に活かすには、3つのアプローチが有効である。1. 顧客の声を「ニーズ」と「ウォンツ」に分類する。「ないと困る」「なければ仕事が止まる」という声はニーズ、「あると嬉しい」「時間があれば使いたい」という声はウォンツである。顧客インタビューの結果をこの2軸で分け、自社が応えているのがどちらかをはっきりさせる。
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ウォンツベースの事業では「動機づけ」の設計を重視する。必要性だけでは動かないため、 ゲーミフィケーション、コミュニティ、習慣化 の仕掛けなど、顧客の行動を引き出す工夫が求められる。
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ウォンツをニーズに転換する仕掛けを設計する。外部環境の変化(規制、トレンド、競合動向)によってウォンツがニーズに変わるタイミングを見極め、先行してポジションを確保する戦略が有効である。
顧客の声をニーズとウォンツに分類する
まず自社の新規事業が応えようとしている顧客の声を10件以上書き出し、それぞれを「ニーズ」と「ウォンツ」に分類することを勧める。ウォンツが多い場合は、収益計画が実態に合っているかを改めて見直す必要がある。
ウォンツベースの事業は市場浸透に時間がかかるため、ニーズベースの事業よりも 長い投資回収期間を設定 する必要がある。逆に、ニーズに応える機能をフックにして顧客を獲得し、その後ウォンツに応える機能でLTVを拡大するという段階的なアプローチも取り得る。投資家や経営層への説明でも、この段階設計を先に示しておくと理解を得やすい。
ウォンツ市場を先取りする「先読み戦略」
ウォンツは時間の経過や外部環境の変化によってニーズに変わることがある。この転換タイミングを先読みしてポジションを取ることが、新規事業の競争優位を生む。健康管理アプリが義務化前に法人市場で普及していれば、義務化とともに一気に需要が爆発するタイミングで圧倒的な先行者優位を得られる。
テクノロジーの普及サイクルを観察すると、新技術のフェーズでウォンツとして生まれ、産業化されるにつれてニーズに転化するパターンが繰り返されている。スマートフォンの企業導入も、当初は「あったら便利」というウォンツだったが、コロナ禍のリモートワーク普及でビジネス上のニーズとなった。外部環境の変化を予測し、ウォンツがニーズに転化する前にポジションを確保しておくことが長期的な市場優位の源泉となる。
toC・ウェルビーイング領域の事業担当者向け
ウォンツの概念を正しく理解すべきなのは、顧客インタビューの結果を事業戦略に落とし込む新規事業チームのリーダーと、市場規模の推定やビジネスモデルの設計を担当するメンバーである。
特に、toC向けの事業やヘルスケア・ウェルビーイング領域など、顧客の「したい」という欲求に依存するビジネスでは、ウォンツの本質を理解していないと的確な戦略が取れない。既存事業がニーズベースで成功してきた企業ほど、ウォンツベースの事業運営の難しさを過小評価しがちである。ウォンツに応えるビジネスは、ニーズに応えるビジネスとはまったく異なる顧客との向き合い方を求める。
ペイン起点とゲイン起点で戦略の差を把握する
ゲインの概念からウォンツを捉え直すと理解が深まる。ウォンツはゲインによって生じる感情であり、顧客がどんな便益を求めているかを理解することがウォンツの全体像を見渡す入口となる。ジョブ理論の「感情的ジョブ」や「社会的ジョブ」もウォンツに近い概念であり、組み合わせて活用すると顧客理解の精度が上がる。
ニーズとの対比で自社の事業がどちらに軸足を置いているかを見極めてほしい。顧客のペインを起点とした事業(ニーズ型)と、ゲインを起点とした事業(ウォンツ型)では、マーケティングや収益化の戦略が根本から変わることを覚えておいてほしい。
参考文献
- アブラハム・マズロー「人間性の心理学」(1954年)産業能率大学出版部 — https://www.sanno.ac.jp/press/books/detail/978-4-382-04866-5
- フィリップ・コトラー「マーケティング原理」(英語) — https://www.pearson.com/en-us/subject-catalog/p/marketing-management/P200000005924
関連項目
関連用語
→ 用語の簡潔な定義は ウォンツ(用語集) を参照