課題・背景:住宅大手が直面した「次の100年」への問い
大和ハウス工業は1955年の創業以来、プレハブ住宅から物流施設・データセンター・医療介護施設へと事業領域を広げ、2024年3月期には売上高約5兆2,000億円を記録した。日本を代表する総合建設・不動産グループとして安定した収益基盤を持つ一方、創業者の石橋信夫氏が掲げた「売上高10兆円」という宿題は、2055年の創業100周年まで積み残されたままだ。
「現在は折り返し地点」という自己認識のもとで、同社が直面しているのは既存事業の延長線では届かない成長目標という課題だ。住宅・建設市場の国内需要は長期的な縮小トレンドにあり、物流・非住宅分野への多角化だけでは10兆円の射程に入らない。海外展開(米国3社買収、25の国・地域で事業展開)と並行して、社内から次世代事業を生み出す仕組みそのものを制度化する必要があった。
もう一つの課題は組織風土の変革だ。「受注産業」の色彩を持つ建設業は、既存顧客への安定した価値提供を是とする文化が根付きやすい。挑戦を奨励し、失敗を許容する風土を意図的に醸成しなければ、事業創出の源泉となる人的資本が眠り続けるリスクがある。「挑戦する組織風土の醸成」を人的資本投資と位置づけた点が、Future100の本質的な出発点となっている。
取り組みの経緯:オープンイノベーションからCVC、そして社内起業制度へ
大和ハウス工業が外部との共創に本格的に踏み出したのは2018年だ。「Build the Future. 築こう、未来を。」というビジョンのもとでオープンイノベーション プログラムを開始し、住宅・建設・不動産領域の4テーマ(新しい住まいの支援、デジタル建設、不動産流動化サービスと技術、豊かな生活の新しいインフラ)でスタートアップとの協業企業を公募した。大阪商工会議所が設立した大阪初の都市型オープンイノベーション拠点Xportと連携し、「フューチャー・ラボ」として企業課題解決型の事業共創を展開したのが起点となる。
外部との連携を深めながら、同社は内部からの事業創出基盤の整備を並走させた。2024年3月には大和ハウスベンチャーズがコーポレートベンチャーキャピタルファンドの本格運用を開始した。シナジーファンド(各50億円、既存事業強化)とグロースファンド(各50億円、既存事業の枠を超えた投資)の2本立て計100億円で、生成AI・エッジAI、3Dプリンタ・建築DX、再生・新エネルギー等を含む6つの投資領域を設定した。ファンド運用期間を2055年(創業100周年)までに設定したことで、「100年先を見据えたポートフォリオ構築」という長期的な意図が明確化された。
「単なる新規事業のアイデア募集にとどまらず、事業化を前提とした支援を行い、次世代事業を創出する制度」
――大和ハウス工業 プレスリリース(2024年5月)
オープンイノベーション(外→内)とCVC(外部投資)の2軸を整備した後、2024年5月に社内起業制度「Daiwa Future100(ダイワフューチャーワンハンドレッド)」の開始を発表。同年6月より応募受付が始まった。
サービス・事業の仕組み:「全員参加」と「起案者が社長になる」の二大設計
Daiwa Future100の特徴は、対象者の広さと責任の所在の明確化という二つの設計原則に集約される。
対象者は大和ハウスグループの正社員約5万人。新入社員からベテラン社員、役員まで年齢・職位・部門を問わず応募できる。応募分野は同社の経営理念・方針から逸脱しない範囲であれば業種テーマを特に制限しない。多様な部門・階層からのアイデアを取り込む「全員参加型」の構造が、初年度応募総数896件という大量応募につながった。
審査は3次にわたるプロセスを経る。新規事業開発の実績が豊富な外部パートナーと連携して事業検証ができる体制を整備しており、事業開発の確度と質を高めながら、既存事業の延長線に縛られないアイデアを引き出す設計となっている。初年度の最終審査は2025年1月30日に実施され、896件の中から3次審査を経て5件が最終審査を通過し、事業化検証またはその準備を進めている。
最終審査を通過した案件の起案者は、自ら代表取締役社長として新会社に着任し、事業化・成長を担う。大企業の新規事業制度では「アイデアを提案した人間がプロジェクトを離れ、推進役が変わる」ことで当事者意識が薄れる失敗パターンが多く指摘される。起案者が経営者になる設計は、この構造的な問題を事前に解消する狙いを持つ。プログラム全体に投じる予算は最大300億円。用途は事業検証および会社設立・運営費用に充てられる。
成果と現状:初年度検証から継続的な事業創出体制へ
初年度(2024年6月〜2025年1月)の数字は、制度への関心の高さを示している。グループ5万人から896件のアイデアが集まり、5件が事業化検証フェーズに進んだ。応募率・通過率の詳細は非公開だが、大企業の社内起業制度として初年度から三桁の本格応募を集めた事実は、「挑戦する風土醸成」という目的が一定の効果を上げていることを示している。
CVCでは、大和ハウスベンチャーズが2024年9月に五常・アンド・カンパニー株式会社(開発途上国でのマイクロファイナンス事業)への投資を実行するなど、既存事業の枠を超えた投資先の開拓が進む。社内起業制度の「内から生む」とCVCの「外から取り込む」が並行して動くことで、2055年に向けた新規事業の裾野が広がっている。
大和ハウス工業は本プログラムを単年の施策として位置づけておらず、予算枠に達するまで継続的に実施する方針を示している。毎年の審査サイクルで複数の事業を事業化検証に送り込む体制が定着すれば、中長期的な事業創出の流れが制度として根付く構造になる。
この事例から学べること
Daiwa Future100の設計で最も注目すべき点は、「誰が事業を担うか」を「何を提案するか」より先に決めたことだ。大企業の新規事業制度は、アイデアと実行者が分離した時点で失速しやすい。提案した人間がプロジェクトを離れれば、困難な局面で「誰のための事業か」という問いに誰も答えられなくなる。起案者が社長になる設計は、この構造問題を制度の入口で遮断している。
Future100が「挑戦する組織風土の醸成」を人的資本投資として明示した点も見逃せない。直接的な事業化成果が出る前の段階から制度の正当性を持てるため、5万人が「アイデアを出せる・挑戦できる」という組織体験が蓄積する。この効果は事業創出数という指標では現れないが、896件の初年度応募はその兆候として読める。
もう一点、社内起業・CVC・オープンイノベーションの三層が異なる時間軸で動いていることが、「10兆円」という難題への現実的な構えを作っている。社内起業は数年単位、CVCは数年〜10年単位、オープンイノベーションは課題単位の短期——三層が揃ってはじめて、既存事業の延長線に縛られない探索が続けられる。
関連項目
参考文献・出典
- 大和ハウス工業|Daiwa Future100 公式ページ
- 社内起業制度「Daiwa Future100」を開始 — 大和ハウス工業プレスリリース(2024年5月)
- 70周年を迎えた大和ハウス工業が描く未来 — 東洋経済オンライン
- 大和ハウス工業、最大300億円を投じ社内起業制度「Daiwa Future100」を開始 — Biz/Zine
- 大和ハウスCVC 最大300億円規模ベンチャーキャピタル組成 — ITmedia NEWS(2024年3月)
- コーポレートベンチャーキャピタルファンドの本格運用を開始 — 大和ハウス工業(2024年3月)
- 大和ハウス工業 オープンイノベーション プログラム スタート「Build the Future.」(2018年6月)