地方銀行が直面する「本業以外の価値創造」という課題
地方銀行は長年にわたり、融資と預金という本業を軸に地域経済を支えてきた。しかし、低金利環境の長期化と人口減少により、従来のビジネスモデルだけでは収益を維持することが困難になっている。
多くの地方銀行が「総合金融サービス」への転換を掲げるが、具体的にどのような新規事業を生み出すかは容易な問いではない。銀行という業態特有の規制と保守的な組織文化が、新たな挑戦を阻む壁となっている。
常陽銀行は茨城県を地盤とする地方銀行であり、めぶきフィナンシャルグループの中核企業である。この銀行が挑んだのは、 行員自身のアイデアから新規事業を生み出す という、銀行業界では異例の試みであった。
SSAPとの連携で始まったインキュベーションプログラム
常陽銀行は2023年度、足利銀行と共同で全行員を対象とした 事業アイデアコンテスト を初めて開催した。両行合わせて 142件 の応募が集まり、農業の販路開拓やスタートアップ支援など5件について事業化の検討を進めた。
さらに、Sony Acceleration Platform(SSAP)と連携したインキュベーションプログラムを行内で実施。SSAPからはフレームワークの提供、プロダクトマーケットフィットの考え方、顧客インタビューのノウハウ指導、メンタリング支援が行われた。
「お客様に直接会って話を聞くという経験は、銀行の通常業務では得にくいものだった。顧客インタビューを通じて、自分たちの持つ資産の価値を再発見できた」
――行員のアイデアが地域の未来を拓く(Sony Acceleration Platform)
ダイレクト営業部企画グループ調査役の磯部朗大は、このプログラムを通じて、常陽銀行が持つ独自資産に着目した事業案を構想した。
92万人の会員基盤を活かした広告配信サービス
磯部が事業化したのは、常陽銀行のメールマガジンに 地域事業者の広告を単独掲載し、配信料を得る というビジネスモデルである。常陽銀行が長年かけて築いた約 92万人 のメルマガ会員基盤を、地域事業者向けのマーケティングソリューションとして提供する発想であった。
銀行の会員データは、年齢、地域、取引履歴に基づく 精度の高い属性情報 を含んでいる。一般的な広告プラットフォームにはない、金融機関ならではのターゲティング精度が差別化の核心となった。
2024年10月からの 4ヶ月間のトライアル を経て、2025年4月にサービスを本格開始した。事業者にとっては地域密着型の効果的な広告手段となり、銀行にとっては非金利収入の新たな柱となることが期待されている。
Nexus Bridgeによるオープンイノベーションの並行推進
常陽銀行は行内の新規事業創出と並行して、外部との共創も推進している。2024年にはeiiconと連携し、国内外のスタートアップや事業会社との新事業協創プログラム 「Nexus Bridge2024」 を始動した。
移動・交通の利便性向上と空き家・空き店舗の有効活用による「街の賑わい」の創出を課題テーマに設定し、地域課題の解決と事業創出の両立を目指している。行内起業とオープンイノベーションの二本柱で、地方銀行の新しい姿を模索する試みである。
この事例から学べること
第一に、既存資産の「読み替え」が新規事業の起点になるということである。 常陽銀行の92万人の会員基盤は、これまで「顧客への情報提供手段」として認識されていた。それを「地域事業者のマーケティングプラットフォーム」として読み替えたことで、全く新しい収益モデルが生まれた。大企業の新規事業は、外部から技術を持ち込むだけでなく、社内に眠る資産の再定義から始まることが多い。
第二に、外部アクセラレーターとの連携が「文化の壁」を越える鍵となることである。 銀行という保守的な組織において、顧客インタビューやプロトタイピングといった事業開発手法は馴染みが薄い。SSAPのフレームワークとメンタリングが、行員に事業開発の共通言語を与え、挑戦を後押しした。
第三に、本業との整合性が社内承認を得る最大の武器であるということだ。 磯部の事業案は、「地域事業者の支援」という銀行の社会的使命と完全に合致している。新規事業が本業の延長線上にあることで、経営陣の理解と支持を得やすくなる。地方銀行に限らず、大企業の新規事業においてこの「整合性の設計」は極めて重要である。


