「塩分を減らす」から「カリウムを増やす」への発想転換
「ナトカリ」事業は、トマトを中心とした総合食品メーカーであるカゴメ株式会社が推進する、健康寿命の延伸を目的としたBtoBtoC型の健康増進サービスである。
日本における大きな健康課題の一つが「塩分の摂りすぎ(高血圧)」である。長年にわたり野菜の栄養学的研究を続けてきたカゴメ(健康事業部の芦原幸子らが担当)は、「ナトリウムを減らす」という我慢を強いる従来のアプローチに加え、 「カリウムを積極的に摂取することで体内の余分な塩分の排出を促す」 という「ナトカリバランス」の改善に着目した。
この科学的エビデンスをベースに、食品という「モノ」ではなく、企業従業員の行動変容を促す 「コト(サービス・システム)」 の提供へと事業モデルを拡張した。
食品メーカーが「物販を主目的としない」サービスを構築
「ナトカリ」の最大のイノベーションは、食品メーカーでありながら 自社商品の物販を直接の主目的としていない 点にある。
法人の健康経営を支援する福利厚生プログラムとして、以下の「パッケージ」を企業に導入している。
- 計測と可視化: 尿検査を通じた「ナトカリ比」を精密に数値化・可視化する。
- 専用アプリ: スコアに基づき「毎日の食事でどうカリウムを増やすか」の個別最適化されたアドバイスを配信。
- 教育・食環境の提供: 健康セミナーや社員食堂へのカリウム豊富な特別メニュー導入など、行動変容を促すナッジ設計を行う。
「自社内で全てのシステムを作るのではなく、尿検査の技術を持つ医療系スタートアップや、健康アプリの開発機能を持つITベンチャーとの協業によって、スピーディーにサービス基盤を構築した」
「健康になるという結果」を売る
すでに複数の大手企業や労働組合において先行導入・実証検証が行われており、 「血圧の高かった従業員の数値が実際に改善した」「野菜摂取の意識が目に見えて向上した」 といった具体的なアウトカムが創出されている。
これは、顧客が求めているのは「野菜ジュース」という商品そのものではなく、 「健康になるという結果(ジョブ)」 であるというインサイトを的確に捉えた成果である。
カゴメは「トマトの会社から、野菜の会社に」というビジョンを掲げているが、「ナトカリ」事業はそれをさらに推し進めた 「社会課題解決(ヘルスケア)企業」への脱皮 を象徴するプロジェクトである。今後は、得られた健康データをもとにパーソナライズ化を進め、自治体(国保)へのサービス提供など、より広範な社会的インパクトの創出を目指していく。
この事例から学べること
ナトカリの事例は、メーカーが「モノからコトへ」事業モデルを転換する際の設計指針を示している。
第一に、「自社の商品を売らない」という逆説的な事業設計の有効性である。 カゴメは食品メーカーでありながら、ナトカリ事業では自社商品の物販を主目的としていない。顧客の「ジョブ(片付けたい用事)」は野菜ジュースを買うことではなく、健康になることである。このジョブ理論に基づくインサイトが、従来の物販モデルでは届かなかった法人市場の開拓を可能にした。
第二に、「減らす」から「増やす」への発想転換が行動変容の鍵となる点である。 塩分を減らすという我慢のアプローチではなく、カリウムを増やすというポジティブなアプローチに置き換えたことで、従業員の自発的な行動変容を促しやすくなった。ヘルスケア領域に限らず、ユーザーに「制約」ではなく「選択肢の追加」を提示する設計は、サービスの継続率に直結する。
第三に、オープンイノベーションによるスピーディーな事業基盤構築である。 尿検査技術・アプリ開発・ナッジ設計など、自社に足りない機能を外部パートナーとの協業で補完した。全てを内製しようとせず、自社の強み(栄養学の知見とブランド)に集中する判断が、事業化のスピードを加速させた。


