「社員に起業させる」建設会社の決断
清水建設は、創業1804年の歴史を持つスーパーゼネコンでありながら、社員の独立・起業を正面から支援する「 コーポレートベンチャリング(CV)制度 」を運営している。建設業という保守的な業界イメージを覆し、従業員が自らのアイデアで新会社を設立し、経営者として独立するための仕組みを制度化した。
CV制度の最大の特徴は、 「独立・起業」が最終ゴール として明確に設定されている点にある。多くの大企業の社内起業制度は「社内の新事業部門」として育てることを前提とするが、清水建設のCV制度は最初から「清水建設の外に出て、自分の会社を経営する」ことを目指す設計である。
ステージゲート方式の段階的検証
CV制度は 3段階のステージゲート方式 で運営されている。
Stage 1(アイデア創出フェーズ) では社内公募を行い、書類選考と1次プレゼン審査で応募者を絞り込む。応募数は各期30〜40件程度で、Gate 1の通過後に約半数以下に絞られる。
Stage 2(仮説構築フェーズ) は6か月間の集中期間で、顧客課題とソリューションの具体化に取り組む。Gate 2でさらに半数に絞り込まれる。
Stage 3(実行計画フェーズ) は約1年間で、 PoCの実施、外部VCからの資金調達、会社設立の準備 を行う。ここで最も重要なのが「外部VCからの資金調達」という条件である。親会社の判断だけでは見えない事業の市場性・成長性を、リスクマネーのプロフェッショナルであるVCに審査してもらうことで、事業計画の客観的な妥当性を担保する仕組みとなっている。
NOVARE ― イノベーションの「場」
CV制度を支えるインフラとして、2023年4月に開設されたイノベーション拠点「 温故創新の森 NOVARE(ノヴァーレ) 」がある。NOVAREは清水建設の事業構造・技術・人財の3領域でのイノベーション創出を推進する拠点であり、CV制度の参加者だけでなく、外部スタートアップ、大学研究者、他業種企業とのオープンイノベーションの拠点としても機能している。
2023年にはCreww株式会社と連携した「 清水建設スタートアップスタジオ 」も開始し、外部起業家と清水建設のアセット(建設技術・不動産・インフラネットワーク)を組み合わせた事業創出にも取り組んでいる。
成果と現状
CV制度の第1期と第2期を通じて、合計 4社がカーブアウトによる独立起業 を達成している。いずれの企業も外部VCからの資金調達を完了しており、清水建設との関係を維持しながらも経営の自律性を保つ「 清水建設発スタートアップ 」として事業を展開している。
清水建設のCV制度は、近年注目が高まる「カーブアウト型の社内起業」の実践モデルとして、建設業界に限らず幅広い業界から注目されている。「大企業の社員が起業する」という新しいキャリアパスを制度として設計し、実際に複数の起業を実現させた点で先駆的な事例と言える。
この事例から学べること
第一に、「社内起業」と「カーブアウト起業」の明確な区別と設計である。 清水建設のCV制度が際立つのは、「社内で新事業を育てる」のではなく「社外に出て起業する」ことをゴールに据えた点にある。この違いは決定的であり、起案者の覚悟、事業計画の精度、経営の機動力のすべてに影響する。「最終的にどこで事業を営むか」を最初に定義することが、制度設計の起点となる。
第二に、「外部VCの審査」を制度に組み込む市場検証メカニズムである。 親会社が「良い」と判断した事業が市場で通用するとは限らない。外部VCからの資金調達を必須条件にすることで、「第三者の厳しい目」による事業の市場性検証を制度に内蔵させた。この仕組みは社内政治による事業判断の歪みを防ぐ有効な牽制装置となる。
第三に、「場」の力によるイノベーション加速である。 NOVAREという物理的な拠点は、CV制度参加者、外部スタートアップ、研究者が自然に交わる「偶発的な出会い」を生む装置である。新規事業は孤独な作業になりがちだが、同じ志を持つ人が集まる「場」があることで、知識の交換、モチベーションの維持、協業の機会が日常的に発生する。


