「水なしで栄養補給」という新体験の着想
「IN MIST(イン ミスト)」は、総合飲料メーカーであるサントリーホールディングス株式会社の社内ベンチャー制度から誕生した、全く新しい形状の「ミスト型サプリメント」である。
健康意識の高まりによりサプリメント市場は拡大を続けているが、世の中の商品の多くは「錠剤」「カプセル」「粉末」といった形状にとどまっていた。事業代表の長田知也は、 「水を用意するのが面倒」「錠剤を飲み込むのが苦手」 といった生活者のペイン(不満点)に着目した。
「口の中に直接スプレーして、粘膜から栄養を吸収させる」という飲料メーカーの技術を応用した新体験ソリューションを構想し、事業化へと至った。
外部出向スキームで実現した「ハイブリッド型」開発
「IN MIST」のイノベーションの特筆すべき点は、プロダクトの斬新さ以上に、その 「開発・事業化のプロセス(組織戦略)」 にある。
サントリーという巨大メーカー内で画期的な新商品を通そうとすると、既存の大量生産を前提としたサプライチェーンの壁や、厳格な品質保証プロセスにおいて、開発スピードが鈍化する「大企業病」に陥るリスクがあった。
「社内のシステムに閉じこもるのではなく、外部のアクセラレーター企業へ専任の事業代表として出向するスキームを選択した。これにより、ブランド力を活かしつつスタートアップと同じスピード感での商品開発を実現した」
――サントリー IN MIST 開発の取り組み(ゼロワンブースター)
長田をはじめとするチームは、新規事業支援を行う「株式会社ゼロワンブースター」へ 専任の事業代表として出向 するハイブリッド型のオープンイノベーションを選択。意思決定の階層を極限まで削ぎ落とし、 Makuakeでのクラウドファンディング など、アジャイルなマーケティングテストを実現した。
グッドデザイン賞受賞と新市場の開拓
2023年にクラウドファンディングを通じて初期プロダクト(ビタミンCやGABA等を含むスプレー)をリリースし、 目標額を大幅に超過する初期ユーザーを獲得 した。
「水なしでワンプッシュ」という手軽なインタフェースは、スポーツ時や仕事の合間のリフレッシュなど、これまでのサプリメントが入り込めなかった 新たな利用シーン(モーメント)の開拓 に成功している。
さらに、機能性と高い携帯性を兼ね備えたスタイリッシュなデザインが評価され、 「2023年度グッドデザイン賞」 を受賞するなど市場からの高い評価を確立した。
この事例から学べること
IN MISTの事例は、大企業の社内起業における「組織の壁の越え方」について重要な示唆を含んでいる。
第一に、「外部出向スキーム」による大企業病の回避である。 社内だけで完結しようとせず、外部アクセラレーターへ事業代表として出向することで、親会社の資産(ブランド・研究知見)を活かしながらスタートアップ並みのスピードを実現した。大企業内での新規事業開発において、「どこで開発するか」は「何を開発するか」と同じくらい重要な意思決定である。
第二に、「生活者の生々しいペイン」からプロダクトを設計する重要性である。 錠剤やカプセルという既存の形状を当たり前と受け入れず、「水を用意するのが面倒」という日常の小さな不満に着目した。技術起点ではなく顧客起点の発想が、新しいカテゴリの創出につながった。
第三に、企業文化を「制度」として具現化することの価値である。 サントリーの「やってみなはれ」精神は、社内起業制度と外部出向スキームという具体的な仕組みに落とし込まれることで、後進のイントラプレナーたちが再現可能な道筋となった。文化はスローガンではなく制度によって継承される。


