賃貸住宅専業企業が「総合生活支援」を目指す背景
大東建託は賃貸住宅の建設と管理を主力事業とする企業であり、管理戸数は 約120万戸 と業界トップクラスの規模を誇る。しかし、国内の人口減少と住宅市場の成熟化が進む中、賃貸住宅事業だけに依存する経営は持続可能性に限界がある。
同社は中期経営計画において「総合生活支援企業」への転換を掲げ、賃貸住宅の枠を超えた新たな価値創造を模索していた。問題は、建設業という保守的な業界の中で、どのようにして新規事業を生み出す文化を醸成するかであった。
社内ベンチャー制度「ミライノベーター」の設計
2020年度、大東建託は全グループ従業員を対象とした社内ベンチャー制度 「ミライノベーター」 を導入した。新しい事業・商品・サービスのアイデアを従業員から募り、段階的に検証して事業化を目指す仕組みである。
「社員自らがアイデアを出し、ビジネスの当事者として成長していく。それが個人の成長と会社の成長の両方につながる」
――社員と会社の成長につなげる社内ベンチャー制度「ミライノベーター」(事業構想オンライン, 2022年1月)
最初の3回のプログラムで 822件 の事業提案が集まり、支店の営業担当から本社スタッフ、グループ会社の社員まで幅広い層が参加した。このうち 13件 が概念実証(PoC)段階に進み、事業化の可能性を検証している。
第1弾「いい部屋Space」 ― マルチスペースレンタル事業
ミライノベーターから初めて事業化されたのが、マルチスペースレンタル事業 「いい部屋Space」 である。2021年2月にパイロット店舗をオープンし、約1年間のテスト運営を経て、2022年3月に本格事業化された。
いい部屋Spaceは、リモートワーク向けの個室、楽器練習に対応した防音室、会議や配信スタジオとして使える会議室、趣味や交流に使えるオープン席など、 多様な用途に対応するフレキシブルスペース を提供する。練馬、八千代、新潟、横浜北山田、柏の5店舗を展開し、名古屋と福岡への出店も計画された。
「テレワークの普及で、自宅でもオフィスでもない『第三の場所』への需要が急増した。大東建託の不動産管理ノウハウを活かせる領域だった」
――社内ベンチャー制度「ミライノベーター」から初の事業化(大東建託プレスリリース, 2022年3月)
大東建託が持つ不動産の管理運営ノウハウと、 「いい部屋ネット」 というブランドの認知度を新規事業に転用した点が特徴的である。
第2弾「CODD」とプログラムの拡大
2022年6月には、ミライノベーター発の第2弾事業として 「CODD(コッド)」 が事業化された。オーダーメイドのDIYキット販売店という、建設業の知見を活かしつつも全く新しい市場に挑む事業である。
ミライノベーターは単発のコンテストではなく、継続的に事業案を募集・育成する仕組みとして運営されている。エントリーシートの提出から始まり、メンタリング、顧客検証、PoC、事業化判断と段階的に進む設計が、提案者の成長と事業の質の両立を可能にしている。
この事例から学べること
第一に、「総合○○企業」への転換宣言が新規事業を正当化する機能を持つことである。 大東建託は「総合生活支援企業」というビジョンを掲げることで、賃貸住宅以外の事業に挑戦する余地を組織的に確保した。新規事業の「なぜうちがやるのか」という問いに対する回答を、経営戦略レベルで用意したのである。
第二に、既存ブランドの転用が新規事業の立ち上がりを加速するということである。 「いい部屋Space」は「いい部屋ネット」の認知度を借りることで、ゼロからのブランド構築を回避した。大企業の新規事業において、親ブランドの活用は強力な武器であるが、ブランドの毀損リスクとのバランスが重要となる。
第三に、822件という応募数が「制度の本気度」を証明しているということだ。 社内ベンチャー制度の成否は、応募件数と応募者の多様性で測ることができる。支店営業からグループ会社まで幅広い層が参加できる制度設計と、経営陣のコミットメントが、この応募数を実現した。新規事業提案制度の設計において、「誰でも挑戦できる」という包摂性が極めて重要であることを示している。